虚栄の市


虚栄の市〈一〉 (岩波文庫)

ディケンズと並ぶ有名近代小説だそうですが、イメージしていた堅苦しさのまったくない作品でした。
当時はまだ小説といったジャンルが確立していなかったためか、文章の随所に、作者サッカレーの解説がついてたり、終盤には作者みずから旅行した際に、小説の登場人物に会ったという回顧録になっていたりと、いった部分が興味深かったです。

登場人物はだれも不完全で、お金や出世や道ならぬ恋に振り回されるすがたが、タイトルのとおり「虚栄」の世界に住む人々の物語。そのなかで特に光るのが、悪女ベッキーことレベッカ・シャープ。
賤しい出生のため、貧しさとさよならするために、彼女はみずからの才気と美貌でどんどんなりあがっていく様は圧巻。身分とお金のある独身紳士をみつけては、あれやこれやと手練手管で落とす描写は、一九世紀初めのお話とは思えないほど、現代的です。

准男爵の次男と駆け落ち結婚して、一流の社交界で名を馳せるのはいいけど、収入のないベッキー夫妻は、借金しまくって家計が自転車操業なのには笑えました。
モノを買うのも家賃を踏み倒すのも、すべてはツケ。そのうち支払うからと言いながら、適当な頃合いをみてはドロン。そしてついに夫であるクローリー氏が債権者監獄に入れられて、ベッキーは身の破滅に進むのですが……。
さすが悪女だけあって、なかなかへこたれないあっぱれな人です。

もうひとり対照的なヒロイン、アミーリアがいます。
とにかく彼女は純粋なお人好しで、女学院の友人だったベッキーの嘘だらけの身の上話にも親身になって聞いては、彼女を援助します。そして不誠実な夫(不倫を妻は知らない)が戦死し、実家も破産したことにより、アミーリアは貧しい生活を余儀なくされるのですが、それでも心美しい彼女は、亡き夫への愛のために、再婚もしないまま息子を育てます。
せっかくもうひとりの誠実なヒーローである、ドビン少佐の愛情も受け取るだけ受け取っても、それを当然として気持ちに応えない姿が、読んでてもなんだか、ベッキーと別の意味で「悪女だなあ」と思えてくるほど。

この作品が素晴らしいと感じたのは、作者が贔屓目に書いているヒロインさえ、美点と欠点を備えている人物に仕上がっているためです。
ほかにもアミーリアの兄ジョスの放蕩ぶりや、息子の子どもらしい残酷さもあって、まことに人間臭い世界。当時の人々も、こういう作品を娯楽として楽しんでいたのでしょうね。
あと、作者自ら描いたという挿絵も、当時の風刺がきいています。
名作=堅苦しい読み物。
と思わずに、素直に楽しめる娯楽小説でした。
全4巻。

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